落語協会お囃子、恩田えりのブログです。寄席囃子の話とかとか。


by erioneesan
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<   2017年 06月 ( 4 )   > この月の画像一覧

(前回のつづきです)

杉浦さん:では、そろそろ。小学校の頃すごく嫌だったことを。

乗り越えられたか乗り越えられなかったかも合わせて、披露してもらいましょうか。  

皆さんもうずいぶん前のことと思いますが。

桜井さん:では、私から。小学校の頃は学校に行くのが嫌でした。

     学校に通うってことがすごく嫌で、ましてや体育をするっていうのがすごく嫌でした。

     小学校一年生の時の運動会。まずそれが嫌で。

     嘘をついて行かないようにしようかと思ったんですけど、見破られて、家から無理やり追い出されました。

杉浦さん:なんで、嫌だったんだろう。

桜井さん:みんなでおんなじ方向見て座っているのがものすごく滑稽に思えて。すごく不思議だった。

杉浦さん:(会場にいる桜井さんのお母様に)親御さんはずいぶん苦労されたでしょうね、ははは。

(場内爆笑)

桜井さん:でしょうね。あと、えこひいきするのが、ある一定の子どもたちを下に見ているような、そういう先生もいて、それもすごく嫌でした。

杉浦さん:それは自分が差別されたわけでなくても、ひいきされても嫌だった、と。

桜井さん:そうですね。特別扱いが嫌だった。私のほうを見ないで、みたいな。

杉浦さん:へええ…。では、次、どんどん出してもらいましょうか。

Aさん :色が白かったので「男のくせに色白だ」って言われた。母親がいないってことも嫌だった。家政婦さんがいたけど、山梨出身の人だったから煮物ばっかりでお弁当がいつも茶色で嫌だった。みんなは黄色とか赤とかいろんな色のお弁当だった。開けると茶色いから見せるのも恥ずかしい。ひとりで抱え込むように食べていた。

Bさん :やんちゃだったのでいじめられることはなかったし、嫌な思い出は特にない。先生に感謝してます。自分がどうい子どもだったかを見ててくれたからグレずに済んだ。

Cさん :家庭内で。4年生の頃、母親と手をつなごうとしたら「精神薄弱子」と手を振り払われた。母の反対にもめげず髪を伸ばして束ねていたら「韓国人みたい」と言われた。韓国人を差別していいという情報がそれまで全くなかったこと、母親が韓国人を差別していること、自分が差別される側に立っていること、トリプルショックだった。5年生の時、母と一緒に歩いていたら雨が降ってきた。母に「雨が降ってきたよ」と言うと「一番最初に雨粒が当たった人は不幸になる」と言われた。自分の子どもに不幸になるっていう母親ってどうなんだ。そういう言い伝えは確かにあるけど(参加者:へええ、と、どよめく)。自分の子どもには思いついたら何を言ってもいい、という考えがあったんだろう。要するに『所有物』だったのだろう。母の手はいつも痛かった。世の中のお母さんの手はあったかくて柔らかいっていろんなところに書いてあるのに、うちは違うんだろう、と思っていた。子どもを産むとき母子手帳をもらって巻末を見たら児童憲章が書いてあって『児童は一人の人間として尊ばれる』というのを読んで号泣した。自分の子ども時代にそれはなかった。常に存在を否定されて育ってきたので、自分は将来は思い描けなかった。将来は、自分がいなくなることが最善だと。図画の時間の『将来の自分』、国語の時間の『将来の自分』を書かされることが出来なかった。同じ被虐友だちに相談したら、彼女たちは数段上を行ってて「大人がこう言ったら喜ぶだろう」ということを書けばいいのよ、と。自分にはそれが出来なくて「歌手になる」とか適当なこと書いてみんなから笑われたり。自分の将来のイメージは女性ホームレスだと、小学生の頃はずっと思っていた。だから親にはなりたくなかった。

Dさん :3,4年生の頃。親父がすごい呑んだくれで。夜になっても帰ってこない。母と一緒に父親を迎えに行って。寒い雪の中を。「一緒に死のう」って母親に言われるんじゃないかっていつもビクビクしてた。言われなかったけど。「一生、酒なんか飲むか」って思ったけど(場内大爆笑)。親父は煙草も吸ってたけど、僕は吸っていない。職人だったので、気が荒くて、しょっちゅうぶん殴られた。工場で遊んでると、口より先に手が出て、角材とかで頭ゴンってやられた。

Eさん :学校のことはあまり覚えていない。女4人兄弟の末っ子だったので、祖母から「男の子だったらよかったのに」とよく言われた。でも、父も母も一切そういうことは言わなかったので、そこで救われてたのかな、と。父が事業をやっていたので、祖母としては跡取りが欲しかったのだろう、と。学校は、先生の体罰がすごかった。私は優等生だったので、見てただけ。暴力がひどすぎて他のことはあまり覚えていない。これでもか、というくらい殴っていた。今では考えられない。鼻血を出してもやめない、っていうこともあったので、怖い。だから一生懸命優等生をやる、そういう感じだった。クラス会をするとその先生も来て、和やかに話をする。あの頃の怖さって何だったんだろう、って思う。暴力が何で起こったか、ということが私の記憶にないからなのかな、とも思う。

Fさん :私は皆さんより年齢がすごく上。終戦後の教育。小学校に嫌な思い出は何もない。家では「90点取った」って言ったら、母が「○○ちゃんは100点だったんでしょ」。二つ上の兄には一品だけ多くおかずが出る。どうしてかなって。牛乳だったんだけど。兄は背が高くなった。

Gさん :親が自転車操業だったので、借金取りが来たりとか。いろいろ合図を決めて逃れていた。お金を借りに行くとき、返すとき、一緒に連れていかれた。情に訴える、という。祖母が孫である妹のことを悪く言ってたりしていた。中学の時のほうが過酷で、数学の先生がある生徒をひとりだけいつもくさして、そのうちグレてしまったのを目の当たりにした。ひどいな、と思った。

Hさん :パス。

Iさん :3年生の時、突然算数が出来なくなって、残されたけど、結局今も苦手。あと、水泳の授業が嫌で。冷たい水が嫌いだった。図工が嫌だった。斥力色盲で。ちょっとわかんない。それで絵を描かされるのがすごく嫌だった。空の色を紫で塗ったことがあったらしい。母から聞いた。記憶にないけど、多分その時に人に何か言われたのだろう、と。

Jさん :中学の時、生徒総会があって、先生の体罰があった、と発言した人がいた。そのあと誰もしなかった。その数日前に個人面談で「あなたは物事を高いところから見る傾向があるから、あまり発言しないほうがいい」と先生に言われたことが尾を引いて、その時何も言えなかったことが今でも心残り。

Kさん :頭の悪いことが嫌だった。みんなには言われなかったけど。自分のことじゃないけど。最近の取手の事件。杉浦さんが近くにいたら、と思うと悔しい。

Lさん :今も貧乏だが、子どもの頃はもっと貧乏だった。学校からお金を集める機会があると、いつも忘れたふりをしていた。親に言えなくて。教室の担任の先生の机の引き出しからストップウォッチがなくなったことがあって、ひとりひとりを犯人と決めつけて尋問するような、心無い聞き方でひどかった。復員の先生がいて、授業よりも戦争の話を聞きたがる人がいて、インパール作戦の話をしたりする。インパールに海なんかないのに「ふんどし一丁で泳いで渡ってサメがいて」みたいな話をすると、この先生…って、暗い気持ちになる。

杉浦さん:今の集金の話を受けて。自分が3年生の頃、学級委員だった。給食費を持ってこない家の子のところに集金に行ってきなさい、と先生に言われて、わけもわからず行って、家の前で「給食費をください」と大きな声で言った。今思えば、やっちゃいけないこと。そしてそれを先生はなぜ子どもにさせたのか。それはお詫びしなければいけないこと。すみません。

桜井さん:いや、それは虐待でしょ。大人からの虐待。それは大人がやっちゃいけない。杉浦さんの心にその杭を打ち込んでしまった大人が悪い。

Mさん :学校の給食。初めての給食でわーって嬉しくて。でもマヨネーズが大嫌いで。食べられなくて。でも先生は「食べるまで立ってなさい」と。2年生の先生は「交換していいよ」って。5年生の時、学校にきれいな折り紙があった。近く結婚する先生がいるからそのお祝いなのかなと学級の先生に言うと「そんなものあげるわけないでしょ!」と激怒された。子どもは大人のお祝いに何をあげるかなんてわからないのに。いつも優しい先生がなんでこんなふうに怒るのかわからなかった。6年生の時、うう同会の時、喘息が出て、入院。部活の先生は自分が体育が苦手だからサボった、と勝手なことを吹聴していてショックだった。そのあたりから先生全般信じられなくなった。いじめられても仲裁にも入ってくれなかった。「学校なんて行かなくても生きていける」っていう親だったので救われた。

Nさん :低学年の頃、父が起業した薬局が潰れた。両親がよく喧嘩していた。お金で喧嘩しているのはわかっていたから自転車を買ってほしい、とも言えなかった。お金で喧嘩していることを知っている、ということも言えなかったし、未だに言っていない。

Oさん :学校を抜け出して…。地元の野球部に父親が入れた。父親がコーチだったのでやめられなかった。両親が…。祖母が結構厳しくて…。

杉浦さん:ありがとうございます。子どもがどういう対応があった時に心の傷になっていつ頃解消するか、とかって結構時間がかかることがよくわかりました。『子どもの権利条約』を見ていただくと、どういう問題をどこで着目してくれるかがわかると思います。今日の話を心にとめておいていただいて、もう少し条約を詳しく書いたものを見ていただくと、よりわかると思います。ネットで『ユニセフの子どもの権利条約』っていうのを検索すると、本当に短い文章で解説が書いてあります。

     子どもっていうのは無視してれば勝手に育つっていうのではなくて、みんないろんなことを心の中に溜めながら育ってくるっていうことで、『子どもの権利条約』を見るにあたって、非常にいいお話が聞けたと思います。

     あと、『子どもの権利条約』について、あとからお見えになった児玉弁護士、一言お願いいたします。

(つづく)

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by erioneesan | 2017-06-30 16:08 | Trackback

(前回の続きです)

この『コルチャック』っていうのはペンネームらしいんですけど。

この人が、実は裕福な家の子どもだったんですね。

ポーランドなんですけど、子どもの時に街に出たら

「すごく貧しい子どもがいっぱいいる。そこでみた情景にショックを受けた。道端に座り込んだ子どもたちはボロ布のような服を着ているし、人々はいかにも貧しそうで食べるものもなく、お腹をすかせているように見えた。」

この時の裕福なボンボンですね、とてもショックを感じたんですね。

自分と同じ年齢の子たちがこんなに大変な生活をしてるんだ、って。

そういう、感じる心のあった人なんです。

それからというもの、この少年は、自分は大人になったら頑張ってお金を貯めて

そういう子どもたちに食べ物をあげたい、そのためにお金を使うんだ、ってことを

ずっとずっと考えて、おばあちゃんとかにもそういう話をして、大きくなっていった。

ところが、この子は実はユダヤの子で、本当の名前はヤヌシュという名前です。

ヤヌシュ少年が飼っていた鳥が亡くなった時に「天国に行くんだよ」って埋めてあげようとしたら

ほかの友だちに「ユダヤが飼っているカナリヤなんて天国に行けないんだよ」って言われて

自分がそういう差別される立場であること、平等に扱われない立場であることを知った。

で、それからどんどん状況が悪くなっていって、子どもたちのために一生懸命尽くすんですけど

最期は強制収容所のほうに子どもたちと一緒に連れられて行って、ガス室に送られていったんですが。

この人が「子どもたちのためにどういうことをしていったらいいか」ということを小さい頃から考えていて。

例えば、孤児とかを集めて暮らしていて、医者にもなって。

お風呂に入っていない子どもがいるってことも知ったし、

自分の話を聞いてもらえない子どももたくさんいるってことを知って。

この、コルチャック先生がやってたことっていうのが、本当に大事なことだっていうことが

この精神から『子どもの権利条約』が作られた、というふうに言われています。

それで、もうひとつ面白いのは、コルチャックさんというのはいろんな本を書かれているんですけれども

『もう一度子どもになれたら』という本を書いているんです。

それはどういう本かっていうと、「大人の生活に疲れた教師」という「僕」が主人公なんですけど。

子ども時代に思いをはせている場面から始まって

「僕はある夜、幸せな子ども時代の日々に戻ることを願った。すると僕は小人の魔法によって子どもに戻り、子ども時代を再体験することになる。」

そういうお話なんです。

で、自分で体験をいろいろしていくわけなんですが

「一度大人になったことがある、なんて、誰にも言わなかった。僕は今までずっと小さい男の子だったふりをして、これから何が起こるか見ようとしていた。それはとても奇妙でおかしな感覚だった。僕は周りにあるもの全てを観察しながらじっと待っていた。僕はママがパンをスライスしてくれるのを待っている。まるで自分ではできないみたいに。ママは授業はどうだったか、と僕に聞く。僕は、大丈夫だよ、と答えたけど、本当のところはわからない。僕は、歩いて、というより、両手を振って行進して行った。とても身軽な気分だった。教師だった時とは正反対だ。きっと僕はクラスで一番よくできるだろう。だって、もう一度学校を出たんだから。」

のび太くんのタイムマシンのようですね。

「いくつか忘れてしまったけど、何かを思い出すということと、全部もう一度学びなおすということは、全然違うこと。僕は先生の所へ行って自分のやったものを見せた。“はい、よくできてるわ、でも見て、一つ間違いがあるわよ”“どこですか”僕は驚いたふりをしてたずねた。僕はわざとひとつ間違えておいたのだ。そうすれば先生は僕が一回学校を終えたことを気づかないだろうと思ったから。」

だから、子どもって、大人を見てる。先生がどんなことすんのかな、って案外見てる。

もちろん、この人は大人を体験しているから観察が子どもよりも鋭いかもしれないけど。

子どもって先生を見てる、っていうことをきっと現しているんだろうな、と思いました。

それから休憩時間があってチャイムが鳴って、ああ残念だ、あともうちょっと遊べたのになあ、

と思いながら一生懸命教室に戻るわけです。

先生たちが教室に入る前に自分が早く戻らなきゃいけなくてダーッと走って校長先生が見えたんだけど

間に合わなくて、ドーンと校長先生にぶつかっちゃった。

僕はどうしていいかわからなくて。そしたら

「校長先生は僕の襟首をつかんで、頭が外れてしまうかと思うほどゆすって怒っている。僕は何も説明できなかった。僕は内心ドキドキして校長先生の言っていることが一言もわからなかった。そのうち、子どもたちが僕の周りに大勢集まってきて見物し始めた。僕はみんなに見られて恥ずかしくなった。僕は泣き始めた。涙がボロボロえんどう豆みたいに出てきた。僕が教師だった時、僕は一体どうふるまっただろう。いろいろと違った行動をしていたことだろう。もし僕がもう一度先生に戻ったら、心配事がある子どもを悩ますようなことは絶対にしないと思う」

と書いてあります。

だから、子供心で何かしたことに対して、やっぱり理由があったり、言い訳があったり、その時の動揺があったり、いろんな気持ちになるわけですけれど、それをちゃんと大人が受け止めているかどうか、ぶつかってきたら悪い子だって叱る、そういうふうなだけになっちゃうんじゃないか。

子どもっていろんなところで見てる。

「僕たちは気づいている。僕たちはたくさん見てたくさん知っているし、もっとたくさん感じていて、もっと考えている。ただ、僕たちはそうではないふりをしなくてはいけないということだ。大人たちが僕たちの口をふさいでしまっているから。40人もの子どもがそこにいるのに、教師たちは子どもの目が見えないとでも思っているんだろうか。なぜ、教師たちは校長先生が来た時と同じようにふるまわないのか。教師たちは口では道徳を語るけど、一方では僕たちに嘘や卑屈さを教えている。それで僕たちは大きくなると、弱いものを押しのけたり、強いものの前でペコペコへつらうようになる。」

私は学校の子どもの事件とかを割と扱うんですけど、学校の中で先生の体罰って事件があったんですね。

で、裁判をしたんです。

先生が廊下で生徒を叩いたりしているところを校長先生が行縋ったりしているんですね。

それは、被害者になった、裁判を起こした女の子も言っているし、一緒に立たされた子たちも「校長先生たちが見てた」って言ってるんですね。

で、法廷で尋問に呼んだ時に、先生たちは見事に「担任(加害)は何もしてない。暴力はふるってない。廊下で叩いているのは見たことない」みんな口裏を合わせるんです。

子どもたちはそういうことがあった、と言っているんです。

子どもだから法廷までは出てこないんですけども、書面の中で、弁護士が聞き取った中で、子どもたちが何人も言っているんです。

向こうは口裏を合わせて「全く見たことない」って言うから、こちらは弁護士として質問するのに

「じゃあ、子どもたちの言っていることは全部嘘だって言うんですか」って言ったら

「そうです」って言うんですね。

だから子どもたちから見た時に「なんであれ見てたのになんでそんなこと言うの?なんでみんなで嘘を言うの?」

子どもたちは先生たちを信じられないという状態が、実はあちこちで多々起こっています。

子どもたちは見えてないわけじゃないんですね。見えているんです。

それを見て育っていくんです。それを見て育った時に、子どもたちがどういう大人になっていくか。

子どもたちにだけ「正しくまっすぐ生きなさい」って言ったって、そういうわけにいくはずがないんです。

と、話していくうちに、自分たちが子どもだった頃をちょっとだけ思い出したかな、と。

さっき読んだ本のように、一日疲れて帰ってきた大人たちが、子どもに戻れたらなあ、と思ったら

どういうわけか、桜井純子さんがみんなを子どもにしてくれた、と。

自分が子どもの頃に帰ったつもりで、考えて書いていただけたらなあ、と。

すごーく嫌だったこと、小学校くらいの感じで書いてほしいんですが。

嫌だったけど、乗り越えられる、ってこともありますよね。

それから、先生の対応が納得いかないことだとか。

その対応がもし違ってたら自分は傷つかなかっただろうな、とか。

あるいはこのことで自分の人生が変わったような気がしたことがあるかどうか。

では、10分ほど考えてみてください。

(つづく)


















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by erioneesan | 2017-06-30 12:46 | Trackback

6月20日 帰ってきた『はなこカフェ』開催しました。

『はなこの
なんとなく政治や選挙の話をしようカフェ』
スーパーバイザーであり
前世田谷区議会議員であり
今は社民党東京政策局長の
桜井純子さんと

『子どもの権利、おとなの権利、私たちの権利』について考えるカフェ

ゲストに弁護士の杉浦ひとみさんをお迎えして、オープンしました。


まずは、桜井純子さんのご挨拶。

♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪

私が区議会議員の時に大事にしてきたことは
『子どもの意見がなかなか政治に反映されない』ということ。
自分が子どもだったらどうかな、どう感じるかな、ということを
すごく大切にしてきました。
その中でも『子どもの権利条約』という、国連の作った

「子どもたちにはどういう権利があるのか」ということが
実は、大人の権利にも通じているし

これから作っていかなくてはいけない社会に通じていくような
そういったキラキラしたものに見えて
それを基本に考えてきました。

今日なにをしようかと、えりさんと、はなこさんと話した時に
今の社会状況の中で、自分たちがこれからどう生きていかなくてはいけないのか
本当に暗澹たる気持ちと

自分たちの権利はどこにあるのか、どう主張していったらいいのか
曖昧に剥奪されていくような、すごく気持ちの悪い感じがある中で

じゃあどうしようか、と。
『子ども』をキーワードに権利を考えていくと
自分たちの中で『これが大事だ!』ってことが周りの人に伝えやすくなるのかな、と。
それで『子どもの権利条約』を軸に
自分たちの権利、これから私たちがどういう社会を作るのか、
ということを
ゆるゆると、なんとなく話して行こうかな、

今日は『子どもの権利、おとなの権利、私たちの権利』をテーマにしました。

ゲストは、杉浦ひとみさんです。

いつもいつも、杉浦さんに来ていただくと私から必ず言うのは

私の尊敬する女性の大人の代表格の人で、私は大好きな人です。

なんで私が大好きかということは

そこはかとなく、これからの時間でわかっていただけると思います。


何を失ってはいけないかな、と。

自分の中の正義、それはとても大切にしていかなくてはいけない。

杉浦さんはそれをすごく持った人だなあ、と、私は思っていて。

その正義の秘密を『子どもの権利条約』『子どもの権利、おとなの権利、私たちの権利』

というところから感じていけるといいなと思います。

前半は、子どもの権利を感じるような事柄を聴く時間

後半は、はなこカフェ恒例、自分たちが今、何を感じているかを話し合う時間

とさせていただきたいと思います。

今日はありがとうございます。よろしくお願いいたします。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

杉浦ひとみです。よろしくお願いします。

(参加者口々に、よろしくお願いします、よろしくお願いします、よろしくお願いします)

最近は腹立たしいことがあまりにも多すぎてですね。

まあ、あの人中心に腹立たしいことがいっぱいあるわけなんですが。

何が腹立たしいって、いわゆる共謀罪ですね。

何をやったら捕まるかもわかんないような法律になっている、と。

あんだけ反対したにもかかわらず、国会とんでもない手続きやりましたね。

普通は委員会の中で「この法律を通すのがいいのか」十分練ってから本会議に出して

本会議で合意が得られて初めて衆議院通って参議院成立ってことになるんですけれども。

この委員会での成立っていうのを見ないで中間報告っていう。

「途中まで来たんだけれども急ぎだから、ここでこんだけ練ったんで、国会の本会議でやってくれ」って
中間報告をして、
もう本会議で多数決をする、というやり方をしましたよね。

あんなやり方、私も聞いたことなかったんですけれども。

本当にインチキもいいとこ、数で押し切れるってことでやりましたね。

だからあれはなんであんなに早くやりたかったのかというと

ニュースでも言われてますけど、加計問題。
あれがとってもやばい状態になっているので、
あれをつつかれたら困る、と。

もう早くこの共謀罪を通してしまって、

危ない奴ら、こういうところで勉強している奴らは一網打尽できるように

加計問題を追及されないように、そういう作戦で汚い方法を取っている、と。


前川元事務次官、珍しいですよね、ああいう潔い人。

最初は眉唾かと思ったんだけど、どうも本物みたいで。

ああいう方がいてくださるっていうのは、本当に心があらわれるようで。
一部の望みのような感じ。

で、それを慕って文科省の中からも「いろいろメールありました」って声が上がってますよね。

それに対して、文科省の副大臣、ヤンキー義家、あの人が

「文科省の内部のものを許可なしに出した場合には、懲罰の対象になるかもしれない。一般論ですけど」

って言ってましたよね。

あの人、中学校、高校ん時に、大人の社会に対してどういう思いで生きてきたのか

多分「自分たちの気持ちはわかってくれない」「自分たちの尊厳をはかってくれない」

「大人っていうのは子どものことは全然考えてくれなくてどうせ社会はダメだ」

そういう思いでずっと牙をむき続けてきて、『ヤンキー先生』って、いい先生、って呼ばれて

子どもたちが「自分たちの意思を代弁してくれる人だ」って希望をもって期待されてた人ですよね。

それが「一般論として」“これが正義だ”と文科省の中で声を上げた人に対して

「罰しますよ」と、そういう締め付けをする。

アンタは若い頃に何を思ってたんだ、何に対して牙をむいてたんだ、その頃のことを覚えてるか。

本当に言いたい気がしました。

そうして中高の頃を考えるとね、やっぱり私たちは大人に対して、いろんな反感もあったし

学校の先生が自分たちの意見を聞いてくれないとか、わかってくれないとか

そういう思いで、ああいう多感な時期を過ごしてきたなあ、と思って。

それを忘れてしまったらダメだろう、と、すごくするわけなんですね。

だから、法律が通ったことももちろん腹が立つんですけど

あの、子どもの代弁者みたいな、社会の中で落ちこぼれたり尊重してもらえなかった

そういう若者の代表者みたいな顔をしてたあの義家さんが

ああいう発言をしたってことが、本当に、子どもの観点から言うと、一番腹が立つ。

オマエは一体どうなっちゃったんだ、という気がするんですね。

それはまあ、中高のことなんですけれど。

今日、一番お話ししたいのは

どんだけ私たちは子どもの頃に戻れるか、ということをやりたいと思っているんです。

で、『子どもの権利条約』って、一体これは何だろう、と。ちょっと説明します。


これは『児童の権利条約』とも『子どもの権利条約』とも言うんですけど、どちらでも通用します。

「この条約は、子どもの基本的人権を国際的に保障するために定められた条約です」

これは国内で作った法律じゃなくて、国際的に作られた条項なんですね。

18歳未満を児童として定義して、国際人権規約が定める基本的人権」

国際人権規約っていう条約があるんですね。これは大人を対象にしたようなものなんです。

1976年に、国際的に見て、『人間ってのはこういうふうに尊重されるべきなんだよ』っていう

大人一般の話を条約にしたのがこれです。

で、これの、子ども版。

こういった基本的人権を子どもに対してもちゃんと尊重するようにってことで定めたのが

この『子どもの権利条約』ってことになります。

『国際人権規約が定める基本的人権、その生存、成長、発達の過程で特別な保護と援助を必要とする、子どもの視点から詳説したもの』

つまり「大人版の人権の約束を子ども版にしたのが、この『子どもの権利条約』ですよ」ということなんですね。

条文としては54条ってことで、あんまりたくさんはありませんけれども。

ただ、今、日本国憲法の中で人権をうたっているものは54もないので、詳細に書かれています。

この条約っていうのはどういう効果があるかっていうと、それに対して賛成して署名して批准する。

「批准」って昔習いましたよね、学校でね。

国のほうで「それに関わります」っていう意思を表明するわけなんですけれども。

それに加わると、一応、国の中ではその条約を守らなければならない、ということで。

「守ってますかー」という国連からの呼びかけがあるので、国のほうでは「守ってますー。こんなんやってます。こんなんやってます」って報告を上げる、と。

で、報告を上げたのに対して、実は国が上げた報告はインチキということがあるから、国以外のいくつかの機関も「国がこんなこと言ってますけど実はやってないんです」とか「虐待こんなにあるんですよ」とか「こういう教育上の問題隠してるんですよ」とか、そういったカウンターのレポートもいくつか国連に上げて。

国連のほうではその報告を見て、国の中でそれが生かされているかどうかっていうのをチェックして、「ここやってないじゃないか。ここやんなさい」とか勧告するっていうような関係が発生してくるんです。

この条約は日本も加わっていますので、「日本としてもこの条約を守っていますよ」ということは今までも報告して「守ってないとこありますね」ってことも言われながら来ている、と。

で、この条約が出来たのは、1989年、第44回の国連総会で採択されて、1990年に発効をしました。

今が2017年ですから、四半世紀ちょっと前ですね。

日本は1994年に批准しました。

で、契約国っていうのは、国と地域、合わせて196が今年の3月の段階で加わってます。

で、未契約国っていうのが、世界で一か国だけあるんですね。どこだかご存知でしょうか?

(参加者:北朝鮮?)

あああ…

(参加者:USA)

そうなんです。ねえ!アメリカなんですよ!1か国だけ!

(参加者:ええええ…ビックリ…)

ちょっと前までソマリアもあったんですけど、今はアメリカ1か国になりました。

ただ、日本はずっと加わってるからいいかっていうと、実はそうでもなくて。

日本もこの条約から抜けたほうがいいんじゃないかっていう発想が実はあるんですね。

だから、とんでもない国ではあるので、気を付けていないと、ここからも足ぬけされる可能性がある、と、私たちは見張っていないといけないという状況にはあります。

今『子どもの権利条約』っていうのが一体どうやって動いているのかっていうと。

世界的には、子どもの問題については権利条約の視点でとらえて解決していこうよ、とか。

国際的な潮流になっていて、一応これが指針になっている。

で、日本でも、2016年に改正された児童福祉法では、この法律に則ってやります、となっていて。

一応、今のところ足ぬけしないでなんとか順守していこうという方向にはなっています。

『子どもの権利条約』というのは国内の法律ではないので、知ってる方はそんなにいないのかもしれないんですけれども。

憲法の中を見ると、子どもに関する憲法の規定っていうのは、どんなのがあるかご存知ですか?

特に子どもに特化した規定ってあるかどうか。

(参加者:…………沈黙………静寂………)

全体に見ていくと、13条『幸福追求』14条『平等』18条『奴隷的拘束を禁ず』19条『内心の自由』20条『信教の自由』21条『表現の自由』22条『経済的活動の自由』23条『学問の自由』24条『婚姻の平等』25条『生存の自由』26条『義務教育を受ける権利』27条『労働』あ、『税金』かな、28条が『労働基本』29条『財産権』30条…30条…あ!『納税の義務』ですね。

だいたいそんな感じでそのあたりが基本的なんですけど、特に子どもに特化したってのは、あるとしたら『義務教育』それくらいしかないんですね。

後は大人と一緒といえばそうなんだけれども、特に子どもってことでは規定されていない。

なんでこんなに少ないかってのはあるんですが。

『子どもの権利条約』があるんで、そちらでフォローしていこう、と。

それで、この条約の使い方ですけれども。

実際には国連に「国ではこうやってます」ってのを報告して、国連からチェックが来る。

こんな形でしか今は使われてなくて、なかなか「『子どもの権利条約』にこういう条文があるから順守しなければ違法だ」とかっていう争い方はしてはいないんですけれども。

これはどんどん使っていく必要があるだろうな、というふうには思っています。

なので、まだまだ遠いっていうか、こなされていない、こなれていない、使いきられてない条文なんですけれども、多くの方がなるべく目にするようにして、子どもにはこういう権利があるんだから、ということを、声高に言っていって、もっともっと広めていく必要があるだろう、と思います。

で、どんな権利があるかっていうのは見ていこうとは思うんですけれど、その前に。

『子どもの権利条約』って、なんで、誰がどうやって作ったか、っていうと。

『コルチャック先生』って名前聞いたことあります?

(つづく)


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by erioneesan | 2017-06-30 03:38 | Trackback

オマケ大好き

こんにちは。
月日の経つのは早いものでして。
上席が終わったと思ったら、もう下席でした。
早い。早い。早いー。

中席お休みをいただいてバタバタしてたら
書類やら書類やら書類やらが山積みになっており。
いつものことですが。
中に、いただいた本が何冊かあり。
いただくきっかけになった雑誌もあり。

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そうだそうだ、そうでした。
福音館書店の『母の友』。
すみません、取材を受けるまで存じ上げず。
何故か子供を持たない自分に依頼をいただきまして。
『キブンテンカン』というコーナーにインタビューを載せていただいております。
よろしかったらご一読くださいませ。
挿し絵とても気に入ってます。
編集藤井さん、絵描き得地さん、ありがとうございます。
そのご縁で、書籍岡田さんから落語講釈絵本を送っていただきました。
ありがとうございます!
字ばっかりだと全然進まないけど
絵がいっぱいだとスラスラ読めます。
わーい♪ オマケ大好きー♪



そして不在届が何通もたまっており。
今日はまとめて受け取る日でございまして。

祝島ひじきのストックが底をつきそうだったので
祝島マルシェさんから『卸買い』ってのをしてみまして。
箱を受け取って開けてビックリ!!!!!
ひじきが見えないではありませんか!!!!!

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オマケが多過ぎてキャーキャー叫んでしまいました!!!!!
ありがとうございます!!!!!
どうやって食べようかなあ♪♪♪ フフフー♪♪♪

秋の仕事の資料も受け取りまして。
資料にしてはなんかゴワゴワ大きいな、と開けてビックリ!!!!!
オシャレなお菓子が入っておりました!!!!!

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お抹茶点てなきゃ!!!!!
ありがとうございます!!!!!

オマケ大好きー♪フフフー♪






















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by erioneesan | 2017-06-21 16:33 | Trackback