落語協会お囃子、恩田えりのブログです。寄席囃子の話とかとか。


by erioneesan
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終戦と少年と私

終戦の日のことを
何も覚えていない。
どこにいたのかも。
玉音放送を聴いたかどうかも。
あの頃の記憶が、一切ない。

少年の父は、戦地の島で死んだ。
少年の母は、戦中に病死した。

終戦時、8歳の少年に
両親はもういなかった。

たったひとりの姉と
戦死した父の妹らふたりと
肩をよせあい、生き延びた。

その三人も、今はもういない。

久方ぶりに実家に帰ると
「よく覚えてたな」
「何を?」
「うちに帰る道をだ。忘れたのかと思った」

散々寂しい思いをした父に
寂しい思いをさせたことを
今、かなり悔いている。

来年は一緒に旅をしよう。











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by erioneesan | 2017-08-16 23:16 | Trackback

やっちゃんのメモ

去年、一度だけ連れてってもらったお店のマスターが
先月亡くなったことを
昨日、知人のSNSで知りました。

やっちゃん。

吸い込まれそうな瞳を持った男性でした。

カンカラ三線の岡大介さんのお誘いで
西荻にあるお店『のみ亭』に行ったのは
去年の秋でした。

「やっちゃんがえりさんに会いたいって」
という理由だったので
面接を受けるような緊張を覚えたのを今も覚えています。

お店に入ると
常連さんらと共に
髭面で彫りの深い男性が奥にいました。

あの人がやっちゃん、か。

岡さんが取り持ってくれてご挨拶するも
なかなかすぐには打ち解けず
常連さんらと話をしているうちに
なぜかいつの間にか経堂界隈の顔馴染みの方々もお店にいて。
いつの間にかワイワイしてて。
そして、いつの間にかやっちゃんと話をしていました。

音楽や映画の話をしていると
やっちゃんは一枚のメモをくれました。
「これ、観て」

昨日の深夜、このメモを思い出しました。
家のどこかに必ずあるはずだけど
見当もつかない。
映画のタイトルも全然思い出せない。
もしかしたら、と
携帯電話の下書き欄を探したら
『やっちゃん』というタイトルが。
あった。

本文には

秩父
おなめ(なめみそ)
しゃくしな漬けと豚肉の炒めもの
ウィシャルオーバーカン
バンビーノ

そして、添付ファイルに
このメモの写真がありました。

Tony Gatolif
Latcho Drom

トニー・ガトリフという監督の
ラッチョ・ドロームという作品でした。

「ロマはいいね」という会話をしたことを思い出しました。


またお話したい、と
何度かお店を訪ねましたが
叶いませんでした。

ラッチョドロームとは
ロマ語で『良い旅を』だそうです。

やっちゃんの旅は
どんな旅でしたか。
きっと良い旅だったのではないかと。
自分もそうありたいと思います。

お会いできてよかったです。
メモをありがとうございます。
見つけたら額に飾ります。

合掌

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by erioneesan | 2017-08-06 14:20 | Trackback

(つづく)

(前回の続きです。6月20日、経堂さばのゆにて

桜井純子さんと『子どもの権利、おとなの権利、私たちの権利』について考えるカフェを

ゲストに弁護士の杉浦ひとみさんをお迎えして、オープンしました。

その際、飛び入りでご参加くださった弁護士の児玉勇二さんにお言葉をいただきました)

児玉さん:児玉です。世田谷は『子どもの権利条約』を広めようという動きが、子どもの人権に関して全国的に推進しているところなんです。

ご存知の通り、児童虐待の話が出ている時に、児童虐待防止センターが出来たのも、児童虐待を社会問題にしたのも、世田谷なんです。保坂氏(注1)らの関連の中で『チャイルドライン』も出来ました。世田谷でいじめの問題をやろう、ということで、子どもの命に関するセンターが作られています。それとプレーパーク。遊び場。あれもいろんなところで作られている。僕は宮坂三丁目に住んでいるんですが、子ども祭り、というものも始まった。今では三丁目だけでなく、広がりを見せていて、ずっと続いている。

世田谷はそんなわけで『子どもの権利条約』を生かそうということで。今『チャイルドライン』も世田谷から出発して、ホシノさん(注2)とかアマノさん(注3)とか、皆さんのつながりで知っていると思いますが、全国的に広がっています。牟田悌三さん(注4)、ボランティアセンターの、とか。

今は、いじめ、体罰、児童虐待、不登校も含めて、戦後最大の件数になって、子どもたちは追い込まれている。『子どもの権利条約』が採択されたけど実現されていない、という。これが根付くように活動していくこと、国際NGOなどが発動しています。

そのような意味では、桜井さんが子どもの権利に対して、杉浦さんを呼んでやろう!と非常に意欲をもってやられているのは、非常にいいなあ、と。

(注1)保坂展人。世田谷区長。

(注2)星野弥生。せたがやチャイルドライン運営委員長。

(注3)天野秀昭。NPO法人プレーパークせたがや理事。

(注4)牟田悌三。俳優。チャイルドライン支援センター初代代表理事。世田谷ボランティア協会元名誉理事長。2009年逝去。

杉浦さん:ありがとうございます。

さっき配布したものを見てください。児玉さんが言われたように、国連からの権利条約について日本の中でちゃんとやってますよ、というレポートを出す研究グループがあって、児玉さんや私も一緒にやっていただいている中で、武田さち子さんという方も一緒にやらせていただいているんですが。


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もっともっと鳥瞰的に見た時に、どこに問題があるか、と。例えば行政がどうなのか、とか。

もともと国の教育自体が子どもが健全に育つようにということを目的にしているのではなくて、人材育成、使える人間を育てる、一部の賢い人間と、従順なたくさんの人間を育てる、そういう発想でどうも動いている、特に安倍政権になってからはそういう傾向が強い、というすごく大きな視点と、学な校の中では管理をきっちりやって体育の先生を校長先生に据えて右向け右みたいな。号令をかけるとか。先生が子どもと接する時間がないくらい忙しくさせて、子どものことを見るよりも書面つけなきゃいけない。先生たちも非常に大変な状況にある。とても子どもに向き合っている状況じゃない、という。なんでここにお金をかけないんだ、なんで軍事費に、という思いをしているのが、学校の状況です。

家庭の中でも、格差の問題とか雇用の問題とかで経済的にすごく大変。経済的に大変というのは、今までの話にもありましたように、子どもには敏感にそれが察知できる。親を思わなきゃいけない、あるいは、他の子どもたちと同じようなものが使えなかったりとか、同じ教育を受けられなかったりとか、そういう差が出来てきて。それがあまりにも固定化すると、結局、自分と他の裕福な人とはもともと違うレベルの人間なんだ、と。平等な立場じゃないんだ、というものまで植え付けてしまうような。経済の問題というのはそういう問題が出てきます。

これがいろんなところに分けて書いてあって、どれひとつ取っても、不健全な子どもを巡る状態を表しているもので、何かあった時にまたチラッと見ていただいて、「あ、ここに書いてあったな」とか。ゼロトレランス、って、なんか一回失敗するともう話を聞いてもう一回やろうねっていうのではなくて、頭ごなしに叩いてしまう、そんなやり方とか。病理現象のようなものが網羅されているものなんですが。ご参考にご覧いただければと思って配布しました。

桜井さん:時間がだいぶ押していますので、他の質問(②嫌だったが乗り越えられた出来事、③先生の対応が納得のいかないものだった記憶、④その対応が違っていたら自分は傷つかなかっただろう出来事)に関しては、自分で書いてみてください。多分、他の方のお話を聞きながら、もっともっと子どもの時代に戻っていった人もいるのではないかな、と思っています。私も、ああそうだ、と思い出したことがたくさんありました。まだお話していない人が3人いらっしゃるので、ぜひ。お題でも感想でも。はなこカフェはみんながなんとなくしゃべるという空間なので。

Pさん :あんまり子どもの頃の話は思い出したくない。ずっとそこに住んでたわけじゃないから。親父が国家公務員だったから転校ばっかりで、それがやっぱり一番つらかった。親しい友達が出来なかった。言葉遣いでからかわれたりするんだよね。いじめじゃないけどね。

えり  :恩田と申します。会を主催させていただいている一人です。皆さんのお話伺ってて、自分の幼少期、思春期を含め、いろいろ思い出しましたけれども。自分は三姉妹の末っ子で、天才秀才鈍才って言われてまして。小学校はまだマシでしたが、中学校が一番きつかったです。「恩田の妹なのに」というのがつきまとう。あと泣き虫なんで、小学校の時はへびの写真を机の上に置かれて、泣くのを面白がられたりしていじめられてました。いじめる、いじめられる対象が変わったりするのも嫌でした。順番に仲間外れにしていく。多分どこでもあったと思うんですけど、あれキツかったんですけど。大人になってほかの国の人に聞くと「そんなのない」って言われて(参加者:日本の伝統文化?)、うーん、日本独特なのかな、と思って。だから、他の国の子どもを取り巻く環境を知ってみたいな、と思いました。

はなこさん:皆さんようこそお越しくださいました。はなこカフェの仲間の一人です。私は給食の時間が一番嫌だったのを思い出しました。3月生まれなので体も小さく、食べる量も少ないのに、食べ終わるまで(参加者:あー…いたいた…)いたでしょ。掃除始まっちゃって机ガーッって後ろにやられてる中で泣きながらオエーとかしながらことが、何度も何度もありました。どう解決したかは覚えていないけど、きっとどこかで吐き出してたのかな。家庭では、父親は明治生まれで、私は遅い子どもで。先妻の兄弟がいて、私は後妻の子どもなんですが、先妻と後妻の子どもで扱いが全然違って。先妻の子どもには家を建てて、後妻の子どもは台風で屋根が飛んだから小屋に住もう、みたいな。学校出るまでそんな感じで。そんなことを思い出しました。

桜井さん:ありがとうございます。で、時間が押しているのでどんどん進んじゃいますね。

     『子どもの権利条約』4つの柱、というのがありまして(1.生きる権利。2.育つ権利。3.守られる権利。4.参加する権利)。私がワークショップをやる時は「この中から何が好きですか」とかやったりするんですが。その中で意図的に選んじゃってすみませんが、12条『意見を表す権利』、13条『表現の自由』、14条『思想・良心・宗教の自由』、15条『プライバシー・名誉は守られる』と来ると、さっき冒頭で出てきた憲法の問題が関わってくることがわかる。『子どもの権利条約』に書かれていることがわかります。

     あと「好きなものなんですか?」って聞くと、31条『休み、遊ぶ権利』とか12条『意見を表す権利』とか、こういうものが権利として認められているんですね、っていう話になっていくんですね。

     この権利さえ子どもたちがまだまだ守れていないこの社会の中で、今後、共謀罪が出来たりした時に、『子どもの権利条約』自体が日本の中でどうなっていくんだろう、と。

     日本というのは、児童福祉の理念の中に「子どもの権利」を入れている。「子どもには権利がある」という法律はないんです、基本的には。守る対象ではあるけど。共謀罪が出来た後に、子どもはどれだけ自由な生活ができるのだろうか、と心配しています。自分も心配です。

     共謀罪がある時代に子どもが暮らしていくんだ、という目線で見た時に、脅かされる権利はここなんじゃないか、とか、ここが気になる、というところがあったら、ご意見をぜひ。時間がすごく押しているので、少しの時間だけなんですが。

Qさん :ひとついいですか。最優先になっているのが、安保体制、つまり、日米同盟が最優先というのが、自民党のDNAに組み込まれているようで。国会でどんどん強行採決されていることも沖縄も、元をただせばこの日米同盟最優先という。日米軍事同盟と憲法九条というのは真っ向から対立しているものであるので。日本政府がずっと継承してきたものがあるのではないかと。(中略) 違いますか。

桜井さん:そうですね。そう思う人が集まっていると思います。

     例えばですね、ここにみんな集まってきて、『子どもの権利条約』を肌感覚で感じて、こういう条約に基づいた環境づくりをしたいな、という話を共謀しているわけです、ははは。ちょっと違いますが、そういう感じになっていくわけじゃないですか。そういった時に、今の共謀罪というのが想像の中でどんなふうに私たちに関わってくるのか、その辺についてお話してみたいと思うのですが。

杉浦さん:共謀罪って270くらいあるんですかね。つぶさには見てませんが。キノコ採りに行くとか、全く関係ないようなことも入ってる、という話は聞くわけなんですが。

     私たちが与えられている状況って、暴力団とか凶悪だと思われるもの以外に広く網がかかっている、という情報しか与えられていないんですね。そういうことをするんじゃないか、っていうことをチェックするために、いろんなところで監視をし始めているんじゃないかって。メールを見るとかネットを見るとか。あるいは、JRとかにも付きますね、カメラが。あちこちにカメラだらけです。私たちの行動は把握しようと思えば全部できる状態で、しかも、それは共謀罪の中の犯罪に当たるかもしれない。

そうなると、一番怖いのが、私たちが当たるか当たらないかの前に、ちょっとやめておこうか、と。もし当たっちゃうとまずいからやめておこうか、と。忖度して、じゃないですが、自粛してしまう。だからつまり、こうやって子どもの話をしようか、というのも、ちょっとやめておこうか、へんなふうに思われたら困るし、って、情報共有の場がなくなってしまう。

     おとなが全てのことに引いてしまって、なにかをすることをやめてしまう、そういう家庭の中で子どもが育ったら、子どもたちも「なんかこれやりたいな」と思っても、ちょっとやめておこう、となってしまう。子どもたちの中にすり込まれていってしまう。一旦すり込まれたものはなかなか抜けていかない。

しかも、個人情報保護とかが出来て、個人の情報を出さなくなりましたよね。プライバシーっていうから、プライバシーのものは出しちゃいけないのかとみんな思い始めて。よく病院で冗談みたいに言われているのが「カルテくれ」って言ったら、自分のカルテなのに「プライバシーの問題があるから出せません」って言われた、とかね。

一旦出さない、行動しないってことが始まっちゃうと、それをもう一回破るのってすごく難しくなってきてしまって、私たち自体が行動から発想から全部抑圧されてってしまう、これが一番怖いんじゃないかって思っています。

今の共謀罪は成立はしてしまったのですが、できればこれは早く廃止にする方向に持っていきたいし、そろそろ施行ですが、ガイドラインも作って、制限以上のものに私たちが歯止めをかけないようにしていかなければならないだろう、と。すり込まれていく行動の壁になるので、すごく恐ろしい、私たちが子どもの頃にすり込まれた恐ろしいものと同じくらい恐ろしい壁になるので、何とかしなければならない。廃止が一番ですが、廃止できないまでも、ガイドラインをきっちり作って国会に働きかけていきたい。そして、これが取っ払われた時にもう一度出ていける活力を自分たちの中に蓄えておかなくてはいけない。そう思っています。非常に抽象的なんですが。

Rさん :会社の中の活動でも、こういう話をすることがあります。特許法に関連した仕事なんですが、特許を調べた時に、それがもし何かに引っかかったら、特許侵害しないために調べたっていうこと自体が共謀罪に当たる、という説もあるので、「当たるかもね」という話はよくしています。捕まえてみるなら捕まえてみろ、と。結局、会社の中ではそういう話は出てこない。だから自分からあえてしています。

Sさん :教科書の副読本に関連する制作、デザインをやっていて。前は東京書籍にいたんですが。教科書に載せるものを会議で決めたりする場合なんですが。教科書を編纂するためのガイドラインを文科省が出してくるんですが、文科省のガイドラインってふわっとしているんです。考える余地がある。検定の時に「合格だけどこう直してください」というのもふわっと言われる。だから腹の探り合いになる。忖度です。共謀罪が出来て、会議の際に政府の意向に沿わないものが入っていたら、その会議一体が全部共謀罪に取られるの?みたいな恐怖があります。政府の意向に沿わないものは全部不合格、ってことにもなりかねないだろうし、あの成立は、教育の現場を見ているものとしてはぞわっとする。(中略) 教科書が変わってくる瞬間だな、と思って恐怖を感じました。

Tさん :上の一点からバーッて来るのはOKだけど、みんなが個々で考えて上に持っていくのがしにくくなるのが怖い。例えば子どもたちだって学校の先生に対して学級会でみんなで話し合ってっていうのがあるけど、それがしにくくなる。上から言われたことを従う、っていう。へんな世の中になっていくような気がします。

Uさん :よくしようとして話し合いをすることが共謀として取られる。

Vさん :すでに職員会議の決定より校長の権限の方が上になっているんですよね。話し合うこと自体が目をつけられかねないですよね。

Wさん :職員会議で多数決を取ってはいけない、とかね。多数決もどうかな、とは思うけど、それもいけないっていうのはどうかな、と。

(しばし教科書問題の話が続く)

Xさん :今、忖度が流行っていますけど、昔からあります。日本の会社では目立つことしないほうがいい、っていう日本の処世術であって、人権の話ではないですよね。安倍さんから人権の話なんて聞いたことない。一番上の人が憲法を守る。憲法って結局人権宣言じゃないですか。公務員は憲法を守るって書いてるけど、一言も守るっていうことをみんな言ってないから、子どもが、個人を大事にするってことを大人も言わないし、子どもの人権っていうけど、親だって自分を大事にするように相手を大事にするっていうことが、日常的にない社会。共謀罪が成立したら、そういうことを言っているだけで「狙われるよ」「マズイよ」「お前と話すのヤダ」ってなる。

児玉さん:だからますます憲法の条約が貴重で、共謀罪については今、国連の人権委員会から報告者が来て、日本の共謀罪について議論しています。いろんな勧告が出るかどうかです。

     『子どもの権利条約』が杉浦さんともども。国連の人たちは、普遍的な子どもの人権の視点で、日本の教育状況も、来年再来年政府レポートが出るとそれぞれ国連に審査させて、日本の人権状況が果たしていいのか、というところなんです。

     それと、憲法が未だに存在していると、これが本当の武器で、というようなことで、このようなカフェが、みんなで話し合っていろいろ考えていくっていうのは非常に大切なことだと思います。

桜井さん:ありがとうございます。

     このはなこカフェを始めるきっかけって『怒れる女子会』ですよね。

今までなかなか政治に関わってこなかった女性が、まだまだ女性が政治に関わるっていうのは日本の中ではできない状態。世界の中でも政治に関わる女性、決定に関わる女性が少ない。男女平等指数が111位。

政治っていうところに女性の意見をもっと言っていこうという。あんまりいい言葉じゃありませんが「オッサン政治はNO」という集まりに参加した二人が何かやっていこう、ということで始めたのがはなこカフェなんです。

そのはなこカフェを始めた時にすごく印象に残っていることがあって。「政治の話を安心してできる状況じゃありません」という人が参加者の中に複数いたんです。会社の中や家の中でも、社会にある普通の関係性の中で政治の話が普通にしづらい、という。

すでにそういう状況だったのが、共謀罪が成立したことで、それが例え力を発揮しなくても、それがあるだけで私たちは自己規制に走るだろうし、そういう話をする人とは話をしない、子どもが危ない目にあるから一緒に遊ばせないほうがいい、そうなっていく気がしています。

本当に大きな転換期に来ていて、好条件は、安倍政権のなぜか下がっている。いろんなことがあるとは思いますが。それは、暴れん坊さんをやるにはいい条件がそろってきたな、と、よくとって、今、私たちが何をやるか、と思ってます。

最初の質問、②嫌だったけど乗り越えられた出来事、というのが自分にあって。えこひいきをする先生に友だちと一緒に直談判したんですね。しかし、それが出来なくなってしまったら、子どもたちは言葉を失っていくだろうし、何も言わない、小学校のことは何も覚えてない、といったような、日常的に小さな風化を作っていくような気がしています。

なので、共謀罪の廃止はどうやっていったらいいんでしょうか。

杉浦さん:まあ、最後は一票なんですけれどもね。一票ってなかなか大変は大変ですよね。でも、できるところからやって、自民党の一強体制はすごくよくない。だから近い選挙のところで、人を選ぶというよりも、こういうことを考えている政党がよくないってことを突き付けていくことがひとつかなと。ひとつ実現したら、もう少し大きいところでもいけるかもしれない、横も、自治体も連鎖していくかもしれない。自分たちで変えていく、ということ。共謀罪の勉強をしていくとかね。コミュニケーションが恐怖になってしまったら一番よくないので、どこまで話せるかどうかっていうのを自分たちでするし、場合によっては議員、国会議員のところに話をしに行ったっていいわけだし。たくさんの人が国会議員に談判しに来ている、ということであれば、考えざるを得ないってことになると思うので。

     おかみがやっていることを従うしかない、っていうんじゃなしに、ものを言っていく。どんな方法でもいいと思うんですよ。国会議員と話し合うのが共謀罪になるなら逮捕しろってことです。

     だから、どういう形でもいろいろやっていっていったらいいと思います。

桜井さん:とにかく、私たちは負けない、という、ここに存在している、ということ自体が力なんではないかと。

最後に一つ。一票は力になる、という話と逆の話なんですが。

     今、都議会議員選挙がもうすぐ始まりますが、豊洲の問題ありますね。あれは東日本大震災が起きた日に強行採決されて予算がつけられているんです。世田谷選挙区から出ていた塙さんていう当時民主党の議員がずっと反対の立場を取っていたんだけど、数週間行方をくらまして、3月11日に現れて反対から賛成に変わったことで、一票差で豊洲が決まったんです。だから、この一議席がなかったら決められなかった。私たちの税金は使われることはなかったかもしれない。政治の動き方っていうのは、実は一議席一議席の動き方で本当に大きく変わるってことをこの事例が物語っているんです。

     私たちの思いを伝える一議席をしっかり確保していくっていうことが大事だと改めて感じました。

     それを積み重ねることによって廃止せざるを得ない空気っていうか、力を出していくことが出来るだろうなと思っています。

     あと、都民ファーストって出てますが。あれは石原慎太郎都知事の時代と同じかそれ以上に都知事の権限を強化するものにつながっていくんだ、ということを私は思っています。なので、冷静に見てみてください。国に転じてみたらどういう状況かってこと。一強という状況が、議論もしないで物事を決めていけるような力を与えていくっていうことに繋がるんです。それを許すっていうこと自体が、私たちの生活にどう影響するのかを考えると、あの状況を違った角度で見ることができるんではないかと思います。

     豊洲の強行採決をさせた一議席、そしてまとまった議席、そして、今、一強のところに流れ込もうとしている大きな力の中にみんなが集まっていく、そういうことが何を封じ込めるのかっていうことを考えると、今日の、安心してしゃべることのできる場は、私たちに何を問いかけているのかなと。私たちが作った場ではありますが、やむに已まれず、というか、やらなきゃ、ということで、えりさん、はなこさんが用意してくれた場です。これを、私たちは欲している、と。その源を考えていきたい、と思います。

杉浦さん:今日は本当にありがとうございました。

     皆さんからいただいた、子どもの頃の話を聞いて、子どもっていうのはどういうものか、というのを改めて考えさせていただきました。これからの子どもたちのためにも、ものを言えない、とか、人とのコミュニケーションで豊かになることが出来ない、閉ざされた社会にしないためにも、一票一票大事に使いたい。子どものためにも考えていきたい、とつくづく思います。

桜井さん:ありがとうございます。

お渡ししたチラシの中に私の考えている政策について書いてるので、暇つぶしに読んでみてください。東京都議会選挙はすごく重大なものを私たちに突き付けていると思っています。

それでは最後にえりさん。

えり  :本日はお集まりいただきましてありがとうございました。杉浦さん、そして、桜井さん、ありがとうございました。お疲れさまでした。

     私、共謀罪についてはですね、もう適用されようじゃないかぐらいに思っています。(場内爆笑) 真っ先にあそこを満杯にしてやろうじゃねえかと。やれるもんならやってみろ、と思っております。こういう心意気でまたこういう機会を設けたいと思っておりますので、今後ともよろしくお願いいたします。お疲れ様でございました。

桜井さん:お疲れ様でした。

杉浦さん:桜井さん!頑張ってください!

桜井さん:ありがとうございます!

(お開き)


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by erioneesan | 2017-07-01 20:16 | Trackback

(前回のつづきです)

杉浦さん:では、そろそろ。小学校の頃すごく嫌だったことを。

乗り越えられたか乗り越えられなかったかも合わせて、披露してもらいましょうか。  

皆さんもうずいぶん前のことと思いますが。

桜井さん:では、私から。小学校の頃は学校に行くのが嫌でした。

     学校に通うってことがすごく嫌で、ましてや体育をするっていうのがすごく嫌でした。

     小学校一年生の時の運動会。まずそれが嫌で。

     嘘をついて行かないようにしようかと思ったんですけど、見破られて、家から無理やり追い出されました。

杉浦さん:なんで、嫌だったんだろう。

桜井さん:みんなでおんなじ方向見て座っているのがものすごく滑稽に思えて。すごく不思議だった。

杉浦さん:(会場にいる桜井さんのお母様に)親御さんはずいぶん苦労されたでしょうね、ははは。

(場内爆笑)

桜井さん:でしょうね。あと、えこひいきするのが、ある一定の子どもたちを下に見ているような、そういう先生もいて、それもすごく嫌でした。

杉浦さん:それは自分が差別されたわけでなくても、ひいきされても嫌だった、と。

桜井さん:そうですね。特別扱いが嫌だった。私のほうを見ないで、みたいな。

杉浦さん:へええ…。では、次、どんどん出してもらいましょうか。

Aさん :色が白かったので「男のくせに色白だ」って言われた。母親がいないってことも嫌だった。家政婦さんがいたけど、山梨出身の人だったから煮物ばっかりでお弁当がいつも茶色で嫌だった。みんなは黄色とか赤とかいろんな色のお弁当だった。開けると茶色いから見せるのも恥ずかしい。ひとりで抱え込むように食べていた。

Bさん :やんちゃだったのでいじめられることはなかったし、嫌な思い出は特にない。先生に感謝してます。自分がどうい子どもだったかを見ててくれたからグレずに済んだ。

Cさん :家庭内で。4年生の頃、母親と手をつなごうとしたら「精神薄弱子」と手を振り払われた。母の反対にもめげず髪を伸ばして束ねていたら「韓国人みたい」と言われた。韓国人を差別していいという情報がそれまで全くなかったこと、母親が韓国人を差別していること、自分が差別される側に立っていること、トリプルショックだった。5年生の時、母と一緒に歩いていたら雨が降ってきた。母に「雨が降ってきたよ」と言うと「一番最初に雨粒が当たった人は不幸になる」と言われた。自分の子どもに不幸になるっていう母親ってどうなんだ。そういう言い伝えは確かにあるけど(参加者:へええ、と、どよめく)。自分の子どもには思いついたら何を言ってもいい、という考えがあったんだろう。要するに『所有物』だったのだろう。母の手はいつも痛かった。世の中のお母さんの手はあったかくて柔らかいっていろんなところに書いてあるのに、うちは違うんだろう、と思っていた。子どもを産むとき母子手帳をもらって巻末を見たら児童憲章が書いてあって『児童は一人の人間として尊ばれる』というのを読んで号泣した。自分の子ども時代にそれはなかった。常に存在を否定されて育ってきたので、自分は将来は思い描けなかった。将来は、自分がいなくなることが最善だと。図画の時間の『将来の自分』、国語の時間の『将来の自分』を書かされることが出来なかった。同じ被虐友だちに相談したら、彼女たちは数段上を行ってて「大人がこう言ったら喜ぶだろう」ということを書けばいいのよ、と。自分にはそれが出来なくて「歌手になる」とか適当なこと書いてみんなから笑われたり。自分の将来のイメージは女性ホームレスだと、小学生の頃はずっと思っていた。だから親にはなりたくなかった。

Dさん :3,4年生の頃。親父がすごい呑んだくれで。夜になっても帰ってこない。母と一緒に父親を迎えに行って。寒い雪の中を。「一緒に死のう」って母親に言われるんじゃないかっていつもビクビクしてた。言われなかったけど。「一生、酒なんか飲むか」って思ったけど(場内大爆笑)。親父は煙草も吸ってたけど、僕は吸っていない。職人だったので、気が荒くて、しょっちゅうぶん殴られた。工場で遊んでると、口より先に手が出て、角材とかで頭ゴンってやられた。

Eさん :学校のことはあまり覚えていない。女4人兄弟の末っ子だったので、祖母から「男の子だったらよかったのに」とよく言われた。でも、父も母も一切そういうことは言わなかったので、そこで救われてたのかな、と。父が事業をやっていたので、祖母としては跡取りが欲しかったのだろう、と。学校は、先生の体罰がすごかった。私は優等生だったので、見てただけ。暴力がひどすぎて他のことはあまり覚えていない。これでもか、というくらい殴っていた。今では考えられない。鼻血を出してもやめない、っていうこともあったので、怖い。だから一生懸命優等生をやる、そういう感じだった。クラス会をするとその先生も来て、和やかに話をする。あの頃の怖さって何だったんだろう、って思う。暴力が何で起こったか、ということが私の記憶にないからなのかな、とも思う。

Fさん :私は皆さんより年齢がすごく上。終戦後の教育。小学校に嫌な思い出は何もない。家では「90点取った」って言ったら、母が「○○ちゃんは100点だったんでしょ」。二つ上の兄には一品だけ多くおかずが出る。どうしてかなって。牛乳だったんだけど。兄は背が高くなった。

Gさん :親が自転車操業だったので、借金取りが来たりとか。いろいろ合図を決めて逃れていた。お金を借りに行くとき、返すとき、一緒に連れていかれた。情に訴える、という。祖母が孫である妹のことを悪く言ってたりしていた。中学の時のほうが過酷で、数学の先生がある生徒をひとりだけいつもくさして、そのうちグレてしまったのを目の当たりにした。ひどいな、と思った。

Hさん :パス。

Iさん :3年生の時、突然算数が出来なくなって、残されたけど、結局今も苦手。あと、水泳の授業が嫌で。冷たい水が嫌いだった。図工が嫌だった。斥力色盲で。ちょっとわかんない。それで絵を描かされるのがすごく嫌だった。空の色を紫で塗ったことがあったらしい。母から聞いた。記憶にないけど、多分その時に人に何か言われたのだろう、と。

Jさん :中学の時、生徒総会があって、先生の体罰があった、と発言した人がいた。そのあと誰もしなかった。その数日前に個人面談で「あなたは物事を高いところから見る傾向があるから、あまり発言しないほうがいい」と先生に言われたことが尾を引いて、その時何も言えなかったことが今でも心残り。

Kさん :頭の悪いことが嫌だった。みんなには言われなかったけど。自分のことじゃないけど。最近の取手の事件。杉浦さんが近くにいたら、と思うと悔しい。

Lさん :今も貧乏だが、子どもの頃はもっと貧乏だった。学校からお金を集める機会があると、いつも忘れたふりをしていた。親に言えなくて。教室の担任の先生の机の引き出しからストップウォッチがなくなったことがあって、ひとりひとりを犯人と決めつけて尋問するような、心無い聞き方でひどかった。復員の先生がいて、授業よりも戦争の話を聞きたがる人がいて、インパール作戦の話をしたりする。インパールに海なんかないのに「ふんどし一丁で泳いで渡ってサメがいて」みたいな話をすると、この先生…って、暗い気持ちになる。

杉浦さん:今の集金の話を受けて。自分が3年生の頃、学級委員だった。給食費を持ってこない家の子のところに集金に行ってきなさい、と先生に言われて、わけもわからず行って、家の前で「給食費をください」と大きな声で言った。今思えば、やっちゃいけないこと。そしてそれを先生はなぜ子どもにさせたのか。それはお詫びしなければいけないこと。すみません。

桜井さん:いや、それは虐待でしょ。大人からの虐待。それは大人がやっちゃいけない。杉浦さんの心にその杭を打ち込んでしまった大人が悪い。

Mさん :学校の給食。初めての給食でわーって嬉しくて。でもマヨネーズが大嫌いで。食べられなくて。でも先生は「食べるまで立ってなさい」と。2年生の先生は「交換していいよ」って。5年生の時、学校にきれいな折り紙があった。近く結婚する先生がいるからそのお祝いなのかなと学級の先生に言うと「そんなものあげるわけないでしょ!」と激怒された。子どもは大人のお祝いに何をあげるかなんてわからないのに。いつも優しい先生がなんでこんなふうに怒るのかわからなかった。6年生の時、うう同会の時、喘息が出て、入院。部活の先生は自分が体育が苦手だからサボった、と勝手なことを吹聴していてショックだった。そのあたりから先生全般信じられなくなった。いじめられても仲裁にも入ってくれなかった。「学校なんて行かなくても生きていける」っていう親だったので救われた。

Nさん :低学年の頃、父が起業した薬局が潰れた。両親がよく喧嘩していた。お金で喧嘩しているのはわかっていたから自転車を買ってほしい、とも言えなかった。お金で喧嘩していることを知っている、ということも言えなかったし、未だに言っていない。

Oさん :学校を抜け出して…。地元の野球部に父親が入れた。父親がコーチだったのでやめられなかった。両親が…。祖母が結構厳しくて…。

杉浦さん:ありがとうございます。子どもがどういう対応があった時に心の傷になっていつ頃解消するか、とかって結構時間がかかることがよくわかりました。『子どもの権利条約』を見ていただくと、どういう問題をどこで着目してくれるかがわかると思います。今日の話を心にとめておいていただいて、もう少し条約を詳しく書いたものを見ていただくと、よりわかると思います。ネットで『ユニセフの子どもの権利条約』っていうのを検索すると、本当に短い文章で解説が書いてあります。

     子どもっていうのは無視してれば勝手に育つっていうのではなくて、みんないろんなことを心の中に溜めながら育ってくるっていうことで、『子どもの権利条約』を見るにあたって、非常にいいお話が聞けたと思います。

     あと、『子どもの権利条約』について、あとからお見えになった児玉弁護士、一言お願いいたします。

(つづく)

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by erioneesan | 2017-06-30 16:08 | Trackback

(前回の続きです)

この『コルチャック』っていうのはペンネームらしいんですけど。

この人が、実は裕福な家の子どもだったんですね。

ポーランドなんですけど、子どもの時に街に出たら

「すごく貧しい子どもがいっぱいいる。そこでみた情景にショックを受けた。道端に座り込んだ子どもたちはボロ布のような服を着ているし、人々はいかにも貧しそうで食べるものもなく、お腹をすかせているように見えた。」

この時の裕福なボンボンですね、とてもショックを感じたんですね。

自分と同じ年齢の子たちがこんなに大変な生活をしてるんだ、って。

そういう、感じる心のあった人なんです。

それからというもの、この少年は、自分は大人になったら頑張ってお金を貯めて

そういう子どもたちに食べ物をあげたい、そのためにお金を使うんだ、ってことを

ずっとずっと考えて、おばあちゃんとかにもそういう話をして、大きくなっていった。

ところが、この子は実はユダヤの子で、本当の名前はヤヌシュという名前です。

ヤヌシュ少年が飼っていた鳥が亡くなった時に「天国に行くんだよ」って埋めてあげようとしたら

ほかの友だちに「ユダヤが飼っているカナリヤなんて天国に行けないんだよ」って言われて

自分がそういう差別される立場であること、平等に扱われない立場であることを知った。

で、それからどんどん状況が悪くなっていって、子どもたちのために一生懸命尽くすんですけど

最期は強制収容所のほうに子どもたちと一緒に連れられて行って、ガス室に送られていったんですが。

この人が「子どもたちのためにどういうことをしていったらいいか」ということを小さい頃から考えていて。

例えば、孤児とかを集めて暮らしていて、医者にもなって。

お風呂に入っていない子どもがいるってことも知ったし、

自分の話を聞いてもらえない子どももたくさんいるってことを知って。

この、コルチャック先生がやってたことっていうのが、本当に大事なことだっていうことが

この精神から『子どもの権利条約』が作られた、というふうに言われています。

それで、もうひとつ面白いのは、コルチャックさんというのはいろんな本を書かれているんですけれども

『もう一度子どもになれたら』という本を書いているんです。

それはどういう本かっていうと、「大人の生活に疲れた教師」という「僕」が主人公なんですけど。

子ども時代に思いをはせている場面から始まって

「僕はある夜、幸せな子ども時代の日々に戻ることを願った。すると僕は小人の魔法によって子どもに戻り、子ども時代を再体験することになる。」

そういうお話なんです。

で、自分で体験をいろいろしていくわけなんですが

「一度大人になったことがある、なんて、誰にも言わなかった。僕は今までずっと小さい男の子だったふりをして、これから何が起こるか見ようとしていた。それはとても奇妙でおかしな感覚だった。僕は周りにあるもの全てを観察しながらじっと待っていた。僕はママがパンをスライスしてくれるのを待っている。まるで自分ではできないみたいに。ママは授業はどうだったか、と僕に聞く。僕は、大丈夫だよ、と答えたけど、本当のところはわからない。僕は、歩いて、というより、両手を振って行進して行った。とても身軽な気分だった。教師だった時とは正反対だ。きっと僕はクラスで一番よくできるだろう。だって、もう一度学校を出たんだから。」

のび太くんのタイムマシンのようですね。

「いくつか忘れてしまったけど、何かを思い出すということと、全部もう一度学びなおすということは、全然違うこと。僕は先生の所へ行って自分のやったものを見せた。“はい、よくできてるわ、でも見て、一つ間違いがあるわよ”“どこですか”僕は驚いたふりをしてたずねた。僕はわざとひとつ間違えておいたのだ。そうすれば先生は僕が一回学校を終えたことを気づかないだろうと思ったから。」

だから、子どもって、大人を見てる。先生がどんなことすんのかな、って案外見てる。

もちろん、この人は大人を体験しているから観察が子どもよりも鋭いかもしれないけど。

子どもって先生を見てる、っていうことをきっと現しているんだろうな、と思いました。

それから休憩時間があってチャイムが鳴って、ああ残念だ、あともうちょっと遊べたのになあ、

と思いながら一生懸命教室に戻るわけです。

先生たちが教室に入る前に自分が早く戻らなきゃいけなくてダーッと走って校長先生が見えたんだけど

間に合わなくて、ドーンと校長先生にぶつかっちゃった。

僕はどうしていいかわからなくて。そしたら

「校長先生は僕の襟首をつかんで、頭が外れてしまうかと思うほどゆすって怒っている。僕は何も説明できなかった。僕は内心ドキドキして校長先生の言っていることが一言もわからなかった。そのうち、子どもたちが僕の周りに大勢集まってきて見物し始めた。僕はみんなに見られて恥ずかしくなった。僕は泣き始めた。涙がボロボロえんどう豆みたいに出てきた。僕が教師だった時、僕は一体どうふるまっただろう。いろいろと違った行動をしていたことだろう。もし僕がもう一度先生に戻ったら、心配事がある子どもを悩ますようなことは絶対にしないと思う」

と書いてあります。

だから、子供心で何かしたことに対して、やっぱり理由があったり、言い訳があったり、その時の動揺があったり、いろんな気持ちになるわけですけれど、それをちゃんと大人が受け止めているかどうか、ぶつかってきたら悪い子だって叱る、そういうふうなだけになっちゃうんじゃないか。

子どもっていろんなところで見てる。

「僕たちは気づいている。僕たちはたくさん見てたくさん知っているし、もっとたくさん感じていて、もっと考えている。ただ、僕たちはそうではないふりをしなくてはいけないということだ。大人たちが僕たちの口をふさいでしまっているから。40人もの子どもがそこにいるのに、教師たちは子どもの目が見えないとでも思っているんだろうか。なぜ、教師たちは校長先生が来た時と同じようにふるまわないのか。教師たちは口では道徳を語るけど、一方では僕たちに嘘や卑屈さを教えている。それで僕たちは大きくなると、弱いものを押しのけたり、強いものの前でペコペコへつらうようになる。」

私は学校の子どもの事件とかを割と扱うんですけど、学校の中で先生の体罰って事件があったんですね。

で、裁判をしたんです。

先生が廊下で生徒を叩いたりしているところを校長先生が行縋ったりしているんですね。

それは、被害者になった、裁判を起こした女の子も言っているし、一緒に立たされた子たちも「校長先生たちが見てた」って言ってるんですね。

で、法廷で尋問に呼んだ時に、先生たちは見事に「担任(加害)は何もしてない。暴力はふるってない。廊下で叩いているのは見たことない」みんな口裏を合わせるんです。

子どもたちはそういうことがあった、と言っているんです。

子どもだから法廷までは出てこないんですけども、書面の中で、弁護士が聞き取った中で、子どもたちが何人も言っているんです。

向こうは口裏を合わせて「全く見たことない」って言うから、こちらは弁護士として質問するのに

「じゃあ、子どもたちの言っていることは全部嘘だって言うんですか」って言ったら

「そうです」って言うんですね。

だから子どもたちから見た時に「なんであれ見てたのになんでそんなこと言うの?なんでみんなで嘘を言うの?」

子どもたちは先生たちを信じられないという状態が、実はあちこちで多々起こっています。

子どもたちは見えてないわけじゃないんですね。見えているんです。

それを見て育っていくんです。それを見て育った時に、子どもたちがどういう大人になっていくか。

子どもたちにだけ「正しくまっすぐ生きなさい」って言ったって、そういうわけにいくはずがないんです。

と、話していくうちに、自分たちが子どもだった頃をちょっとだけ思い出したかな、と。

さっき読んだ本のように、一日疲れて帰ってきた大人たちが、子どもに戻れたらなあ、と思ったら

どういうわけか、桜井純子さんがみんなを子どもにしてくれた、と。

自分が子どもの頃に帰ったつもりで、考えて書いていただけたらなあ、と。

すごーく嫌だったこと、小学校くらいの感じで書いてほしいんですが。

嫌だったけど、乗り越えられる、ってこともありますよね。

それから、先生の対応が納得いかないことだとか。

その対応がもし違ってたら自分は傷つかなかっただろうな、とか。

あるいはこのことで自分の人生が変わったような気がしたことがあるかどうか。

では、10分ほど考えてみてください。

(つづく)


















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by erioneesan | 2017-06-30 12:46 | Trackback

6月20日 帰ってきた『はなこカフェ』開催しました。

『はなこの
なんとなく政治や選挙の話をしようカフェ』
スーパーバイザーであり
前世田谷区議会議員であり
今は社民党東京政策局長の
桜井純子さんと

『子どもの権利、おとなの権利、私たちの権利』について考えるカフェ

ゲストに弁護士の杉浦ひとみさんをお迎えして、オープンしました。


まずは、桜井純子さんのご挨拶。

♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪

私が区議会議員の時に大事にしてきたことは
『子どもの意見がなかなか政治に反映されない』ということ。
自分が子どもだったらどうかな、どう感じるかな、ということを
すごく大切にしてきました。
その中でも『子どもの権利条約』という、国連の作った

「子どもたちにはどういう権利があるのか」ということが
実は、大人の権利にも通じているし

これから作っていかなくてはいけない社会に通じていくような
そういったキラキラしたものに見えて
それを基本に考えてきました。

今日なにをしようかと、えりさんと、はなこさんと話した時に
今の社会状況の中で、自分たちがこれからどう生きていかなくてはいけないのか
本当に暗澹たる気持ちと

自分たちの権利はどこにあるのか、どう主張していったらいいのか
曖昧に剥奪されていくような、すごく気持ちの悪い感じがある中で

じゃあどうしようか、と。
『子ども』をキーワードに権利を考えていくと
自分たちの中で『これが大事だ!』ってことが周りの人に伝えやすくなるのかな、と。
それで『子どもの権利条約』を軸に
自分たちの権利、これから私たちがどういう社会を作るのか、
ということを
ゆるゆると、なんとなく話して行こうかな、

今日は『子どもの権利、おとなの権利、私たちの権利』をテーマにしました。

ゲストは、杉浦ひとみさんです。

いつもいつも、杉浦さんに来ていただくと私から必ず言うのは

私の尊敬する女性の大人の代表格の人で、私は大好きな人です。

なんで私が大好きかということは

そこはかとなく、これからの時間でわかっていただけると思います。


何を失ってはいけないかな、と。

自分の中の正義、それはとても大切にしていかなくてはいけない。

杉浦さんはそれをすごく持った人だなあ、と、私は思っていて。

その正義の秘密を『子どもの権利条約』『子どもの権利、おとなの権利、私たちの権利』

というところから感じていけるといいなと思います。

前半は、子どもの権利を感じるような事柄を聴く時間

後半は、はなこカフェ恒例、自分たちが今、何を感じているかを話し合う時間

とさせていただきたいと思います。

今日はありがとうございます。よろしくお願いいたします。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

杉浦ひとみです。よろしくお願いします。

(参加者口々に、よろしくお願いします、よろしくお願いします、よろしくお願いします)

最近は腹立たしいことがあまりにも多すぎてですね。

まあ、あの人中心に腹立たしいことがいっぱいあるわけなんですが。

何が腹立たしいって、いわゆる共謀罪ですね。

何をやったら捕まるかもわかんないような法律になっている、と。

あんだけ反対したにもかかわらず、国会とんでもない手続きやりましたね。

普通は委員会の中で「この法律を通すのがいいのか」十分練ってから本会議に出して

本会議で合意が得られて初めて衆議院通って参議院成立ってことになるんですけれども。

この委員会での成立っていうのを見ないで中間報告っていう。

「途中まで来たんだけれども急ぎだから、ここでこんだけ練ったんで、国会の本会議でやってくれ」って
中間報告をして、
もう本会議で多数決をする、というやり方をしましたよね。

あんなやり方、私も聞いたことなかったんですけれども。

本当にインチキもいいとこ、数で押し切れるってことでやりましたね。

だからあれはなんであんなに早くやりたかったのかというと

ニュースでも言われてますけど、加計問題。
あれがとってもやばい状態になっているので、
あれをつつかれたら困る、と。

もう早くこの共謀罪を通してしまって、

危ない奴ら、こういうところで勉強している奴らは一網打尽できるように

加計問題を追及されないように、そういう作戦で汚い方法を取っている、と。


前川元事務次官、珍しいですよね、ああいう潔い人。

最初は眉唾かと思ったんだけど、どうも本物みたいで。

ああいう方がいてくださるっていうのは、本当に心があらわれるようで。
一部の望みのような感じ。

で、それを慕って文科省の中からも「いろいろメールありました」って声が上がってますよね。

それに対して、文科省の副大臣、ヤンキー義家、あの人が

「文科省の内部のものを許可なしに出した場合には、懲罰の対象になるかもしれない。一般論ですけど」

って言ってましたよね。

あの人、中学校、高校ん時に、大人の社会に対してどういう思いで生きてきたのか

多分「自分たちの気持ちはわかってくれない」「自分たちの尊厳をはかってくれない」

「大人っていうのは子どものことは全然考えてくれなくてどうせ社会はダメだ」

そういう思いでずっと牙をむき続けてきて、『ヤンキー先生』って、いい先生、って呼ばれて

子どもたちが「自分たちの意思を代弁してくれる人だ」って希望をもって期待されてた人ですよね。

それが「一般論として」“これが正義だ”と文科省の中で声を上げた人に対して

「罰しますよ」と、そういう締め付けをする。

アンタは若い頃に何を思ってたんだ、何に対して牙をむいてたんだ、その頃のことを覚えてるか。

本当に言いたい気がしました。

そうして中高の頃を考えるとね、やっぱり私たちは大人に対して、いろんな反感もあったし

学校の先生が自分たちの意見を聞いてくれないとか、わかってくれないとか

そういう思いで、ああいう多感な時期を過ごしてきたなあ、と思って。

それを忘れてしまったらダメだろう、と、すごくするわけなんですね。

だから、法律が通ったことももちろん腹が立つんですけど

あの、子どもの代弁者みたいな、社会の中で落ちこぼれたり尊重してもらえなかった

そういう若者の代表者みたいな顔をしてたあの義家さんが

ああいう発言をしたってことが、本当に、子どもの観点から言うと、一番腹が立つ。

オマエは一体どうなっちゃったんだ、という気がするんですね。

それはまあ、中高のことなんですけれど。

今日、一番お話ししたいのは

どんだけ私たちは子どもの頃に戻れるか、ということをやりたいと思っているんです。

で、『子どもの権利条約』って、一体これは何だろう、と。ちょっと説明します。


これは『児童の権利条約』とも『子どもの権利条約』とも言うんですけど、どちらでも通用します。

「この条約は、子どもの基本的人権を国際的に保障するために定められた条約です」

これは国内で作った法律じゃなくて、国際的に作られた条項なんですね。

18歳未満を児童として定義して、国際人権規約が定める基本的人権」

国際人権規約っていう条約があるんですね。これは大人を対象にしたようなものなんです。

1976年に、国際的に見て、『人間ってのはこういうふうに尊重されるべきなんだよ』っていう

大人一般の話を条約にしたのがこれです。

で、これの、子ども版。

こういった基本的人権を子どもに対してもちゃんと尊重するようにってことで定めたのが

この『子どもの権利条約』ってことになります。

『国際人権規約が定める基本的人権、その生存、成長、発達の過程で特別な保護と援助を必要とする、子どもの視点から詳説したもの』

つまり「大人版の人権の約束を子ども版にしたのが、この『子どもの権利条約』ですよ」ということなんですね。

条文としては54条ってことで、あんまりたくさんはありませんけれども。

ただ、今、日本国憲法の中で人権をうたっているものは54もないので、詳細に書かれています。

この条約っていうのはどういう効果があるかっていうと、それに対して賛成して署名して批准する。

「批准」って昔習いましたよね、学校でね。

国のほうで「それに関わります」っていう意思を表明するわけなんですけれども。

それに加わると、一応、国の中ではその条約を守らなければならない、ということで。

「守ってますかー」という国連からの呼びかけがあるので、国のほうでは「守ってますー。こんなんやってます。こんなんやってます」って報告を上げる、と。

で、報告を上げたのに対して、実は国が上げた報告はインチキということがあるから、国以外のいくつかの機関も「国がこんなこと言ってますけど実はやってないんです」とか「虐待こんなにあるんですよ」とか「こういう教育上の問題隠してるんですよ」とか、そういったカウンターのレポートもいくつか国連に上げて。

国連のほうではその報告を見て、国の中でそれが生かされているかどうかっていうのをチェックして、「ここやってないじゃないか。ここやんなさい」とか勧告するっていうような関係が発生してくるんです。

この条約は日本も加わっていますので、「日本としてもこの条約を守っていますよ」ということは今までも報告して「守ってないとこありますね」ってことも言われながら来ている、と。

で、この条約が出来たのは、1989年、第44回の国連総会で採択されて、1990年に発効をしました。

今が2017年ですから、四半世紀ちょっと前ですね。

日本は1994年に批准しました。

で、契約国っていうのは、国と地域、合わせて196が今年の3月の段階で加わってます。

で、未契約国っていうのが、世界で一か国だけあるんですね。どこだかご存知でしょうか?

(参加者:北朝鮮?)

あああ…

(参加者:USA)

そうなんです。ねえ!アメリカなんですよ!1か国だけ!

(参加者:ええええ…ビックリ…)

ちょっと前までソマリアもあったんですけど、今はアメリカ1か国になりました。

ただ、日本はずっと加わってるからいいかっていうと、実はそうでもなくて。

日本もこの条約から抜けたほうがいいんじゃないかっていう発想が実はあるんですね。

だから、とんでもない国ではあるので、気を付けていないと、ここからも足ぬけされる可能性がある、と、私たちは見張っていないといけないという状況にはあります。

今『子どもの権利条約』っていうのが一体どうやって動いているのかっていうと。

世界的には、子どもの問題については権利条約の視点でとらえて解決していこうよ、とか。

国際的な潮流になっていて、一応これが指針になっている。

で、日本でも、2016年に改正された児童福祉法では、この法律に則ってやります、となっていて。

一応、今のところ足ぬけしないでなんとか順守していこうという方向にはなっています。

『子どもの権利条約』というのは国内の法律ではないので、知ってる方はそんなにいないのかもしれないんですけれども。

憲法の中を見ると、子どもに関する憲法の規定っていうのは、どんなのがあるかご存知ですか?

特に子どもに特化した規定ってあるかどうか。

(参加者:…………沈黙………静寂………)

全体に見ていくと、13条『幸福追求』14条『平等』18条『奴隷的拘束を禁ず』19条『内心の自由』20条『信教の自由』21条『表現の自由』22条『経済的活動の自由』23条『学問の自由』24条『婚姻の平等』25条『生存の自由』26条『義務教育を受ける権利』27条『労働』あ、『税金』かな、28条が『労働基本』29条『財産権』30条…30条…あ!『納税の義務』ですね。

だいたいそんな感じでそのあたりが基本的なんですけど、特に子どもに特化したってのは、あるとしたら『義務教育』それくらいしかないんですね。

後は大人と一緒といえばそうなんだけれども、特に子どもってことでは規定されていない。

なんでこんなに少ないかってのはあるんですが。

『子どもの権利条約』があるんで、そちらでフォローしていこう、と。

それで、この条約の使い方ですけれども。

実際には国連に「国ではこうやってます」ってのを報告して、国連からチェックが来る。

こんな形でしか今は使われてなくて、なかなか「『子どもの権利条約』にこういう条文があるから順守しなければ違法だ」とかっていう争い方はしてはいないんですけれども。

これはどんどん使っていく必要があるだろうな、というふうには思っています。

なので、まだまだ遠いっていうか、こなされていない、こなれていない、使いきられてない条文なんですけれども、多くの方がなるべく目にするようにして、子どもにはこういう権利があるんだから、ということを、声高に言っていって、もっともっと広めていく必要があるだろう、と思います。

で、どんな権利があるかっていうのは見ていこうとは思うんですけれど、その前に。

『子どもの権利条約』って、なんで、誰がどうやって作ったか、っていうと。

『コルチャック先生』って名前聞いたことあります?

(つづく)


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by erioneesan | 2017-06-30 03:38 | Trackback

オマケ大好き

こんにちは。
月日の経つのは早いものでして。
上席が終わったと思ったら、もう下席でした。
早い。早い。早いー。

中席お休みをいただいてバタバタしてたら
書類やら書類やら書類やらが山積みになっており。
いつものことですが。
中に、いただいた本が何冊かあり。
いただくきっかけになった雑誌もあり。

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そうだそうだ、そうでした。
福音館書店の『母の友』。
すみません、取材を受けるまで存じ上げず。
何故か子供を持たない自分に依頼をいただきまして。
『キブンテンカン』というコーナーにインタビューを載せていただいております。
よろしかったらご一読くださいませ。
挿し絵とても気に入ってます。
編集藤井さん、絵描き得地さん、ありがとうございます。
そのご縁で、書籍岡田さんから落語講釈絵本を送っていただきました。
ありがとうございます!
字ばっかりだと全然進まないけど
絵がいっぱいだとスラスラ読めます。
わーい♪ オマケ大好きー♪



そして不在届が何通もたまっており。
今日はまとめて受け取る日でございまして。

祝島ひじきのストックが底をつきそうだったので
祝島マルシェさんから『卸買い』ってのをしてみまして。
箱を受け取って開けてビックリ!!!!!
ひじきが見えないではありませんか!!!!!

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オマケが多過ぎてキャーキャー叫んでしまいました!!!!!
ありがとうございます!!!!!
どうやって食べようかなあ♪♪♪ フフフー♪♪♪

秋の仕事の資料も受け取りまして。
資料にしてはなんかゴワゴワ大きいな、と開けてビックリ!!!!!
オシャレなお菓子が入っておりました!!!!!

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お抹茶点てなきゃ!!!!!
ありがとうございます!!!!!

オマケ大好きー♪フフフー♪






















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by erioneesan | 2017-06-21 16:33 | Trackback

お風呂大好き

共謀罪法案が衆議院通過しましたね。

自分は現政権を全く支持していないですし
元気があれば抗議行動にも行きますし
可能性としてないわけではないだろう、と。
ここ何年か、なんとなく想像してみたりしております。

で、最近よく思うのは
自分が留置所や拘置所に入ったら
コーヒーが飲めないことよりも
お風呂に入れないことが困るなあ、と。
身体を洗いたいわけではなくて。
お風呂に入りたい。お風呂に浸かりたい。

武者修行したブラジルの三週間
何より困ったのは、お風呂に入れないことでした。

一週間滞在したリオディジネイロからサンパウロに移動する際
「とにかく風呂に入れる場所を探してください!!!」
お世話になるサンパウロのホストファミリーに連絡しました。
※ブラジルの家庭にはバスタブがあまり普及していないようです。

ホストファミリーは家
から10分ほど歩いたところにある
日系人が経営する整体院に案内してくれました。
風呂借り賃一時間3000円。高い。
しかし、背に腹は変えられません。


ブラジルの6,7月は雨期でした。
しとしと降る雨のせいで体が芯から冷えてしまい
一週間お風呂に浸からなかっただけで肩と腕が固まってしまいました。
翌日から日系老人施設を毎日慰問するのに、こんなんじゃ演奏できない。

一時間出たり入ったりしながらフルタイム居座り。
おかげで肩と腕は回復しました。よかった。。。

日本の留置所も拘置所も
ほとんどの所は冷暖房完備だそうですが
その空調が自分に合うわけでは決してないでしょうから
お風呂に入れないことによって必ずや体調を崩すことでしょう。

なので今のうちにたくさん入っておこう、と。

お風呂大好きー❤️❤❤













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by erioneesan | 2017-05-24 02:39 | Trackback
今日は昼間久しぶりに
シネマヴェーラ『抗争と流血 東映実録路線の時代』を観てきまして。
『暴動島根刑務所』と
『日本暴力列島 京阪神殺しの集団』の二本立てでした。

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アレですね。
時代設定が両方とも多分戦後10年あたりなんですが
その頃のそういう暴れん坊を愛する女性というのは
愛する男性のことを『あんた』と呼ぶんですね。

男に面会に来た女が網を挟んで指を絡ませており。
面会時間の終わりを知らせるベルが無情に鳴り響くと
刑務官が男を面会室から無理矢理退室させます。
『あんたーーー!!!』
(和服だったのでひらがなで書いてみましたがどうでしょう)

組織に反発して単独で反対組織に向かおうとする男が殺され。
女は霊安室で冷たくなった男に対面します。
『アンターーー!!!』
(洋服だったのでカタカナで書いてみましたがどうでしょう)

自分は今まで相手をそう呼んだことがないので
今後そういう機会に恵まれたら
ぜひそう呼んでみたいと思います。

ところで最近よく思うことがあって。
自分が留置所とか拘置所とか刑務所とかに入ることがあったら
何が一番困るかな、って。
やっぱコーヒー飲めないのが一番困るかな、って。
だから面会に来てくれる人にはコーヒーの差し入れをお願いします。
そんで、退室時には『アンターーー!!!』
って、叫べるかな。



















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by erioneesan | 2017-04-20 00:36 | Trackback

オカダクン

こんばんは。

今日は、待ちに待ったセミナー
朝日カルチャー教室
『中井祐樹+鈴木秀樹』に行って参りまし

先にお断りしておかなければ、なのは
中井さんのことを知ったのは
今年出版された『1984年のUWF』でした。
本当に申し訳ありません。
読んでいくうちに
総合格闘技を日本に持ち込んだ要人だったこともわかり
いろんな意味でスゴイ人なんだな、と慄いたわけですが。

ノープランかつ濃厚な1時間半は実に楽しく
しかしわからないこともたくさんあり。
あとで小太郎先生に聞こうと細かくメモを取りました。

中井先生、鈴木先生と記念写真を撮っていただき。

※ベルトを持たせていただいたバージョン。
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※ベルトを巻いていただいたバージョン。
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退散後、柳家小太郎先生と復習会。
まずは小太郎先生のメモ。
オモシロ系のコメントをいろいろ書き込んでました。
『花組』とか(知りたい人は我々に直接聞いてください)。

4ページに及ぶワタクシのメモ。
小太郎先生は噛んで含ませるように
時には実践も踏まえて(居酒屋で)
丁寧に教えてくださいました。

唯一わからなかったのが『オカダクンの映画』。
小太郎「あ、これ、オレもわかんなかった。オカダ。。。カズチカじゃないですよね」
えり「何千人がやりたかったであろう役、って言ってましたね。。。」
小「オカダ。。。」
え「オカダ。。。ジャニーズの人かな?」
小「いや、V6の人じゃないですか?」
今日一番不毛な会話でした。

第二回開催を切に願います。
※今日緊張して聞けなかったことを質問したいですm(__)m

中井先生!鈴木先生!
そして小太郎先生!ありがとうございます!!!














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by erioneesan | 2017-04-19 01:15 | Trackback