落語協会お囃子、オンダエリのブログです。寄席囃子の話とかとか。


by erioneesan
カレンダー
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31

うどと、殿下と、てっちゃんと

2009年6月13日深夜。
「えりちゃん!三沢が!」
厨房のてっちゃんが叫びました。
即座に店の外へ出て観戦仲間らに連絡を取りました。
意識不明の危篤情報はほどなく訃報となり
高田馬場の路上で泣き崩れました。

その日は東京音協さん主催の『睦会』が国立演芸場であり
高田馬場の焼鳥居酒屋『うどの大木』でワイワイ打ち上げてる最中でした。

泣き崩れる自分のことを、誰かが呼び戻しに来ました。
殿下だったような気がします。
「何してんの。何泣いてんの。誰?誰が死んじゃったの」
なんかよく覚えてません。
覚えてませんが、何か言葉をかけてくださりながら
自分の肩を抱いて店の中へ戻してくれました。



2013年冬。
三沢光晴選手の事故を教えてくれたてっちゃんが
天に召されました。
同年『うどの大木』は閉店しました。


それからというもの、殿下にお会いするたび
「えりちゃん、困ったよ。いい店がなくてさ」
「そりゃ、うどに代わる店は、そうはないですよね…」
「えりちゃん、近所にいい店見つけたんだけど23時閉店なんだよ」
「うどは遅くまで居させてくれましたからね…」
「えりちゃん、ゴールデン街のどこで飲んでんの?」
「あの辺とか…。でも(師匠にとって)うどみたいに心地よい店はないですよ…」
と、うど難民な会話をしておりました。

しかし、その会話も、いつの間にかなくなりました。




鈴本演芸場余一会『落語教育委員会』は
確か2014年1月からだったと記憶しております。
(2013年7月からでした、すみません。。。)

「えりちゃん、俺はさ、嬉しいんだよ。
余一に声をかけていただけるってのがさ。
やっぱりさ、寄席なんだよ。
寄席に呼んでもらえるってのが
芸人冥利に尽きるってわけよ」

最初の打ち上げでだったか、別の会での打ち上げでだったか
はたまたどこかでお会いした時の立ち話だったか。
とにかく。
熱く、とても熱く語っておられました。




訃報から10日が過ぎた昨日の余一会。
自分にとっての初球は、喬太郎師匠の高座でした。
「みんな気持ちを押し殺して過ごしている。
もうそろそろガス抜きしていいんじゃないかって。
でも自分がダメでした。早過ぎました」
師匠の言葉は、自分の心の声でもありました。
そして、きっとみんな同じ気持ちなんだ、そう思いました。
打ち上げでもガンガン投げ込んでくださりました。
ありがとうございます。



喜多八ロスはしばらく続くことでしょう。
寄席を愛する人々にとって
この気持ちを浄化することは相当な試練です。
しかし、誰の時間も有限であり。
この重い枷を引きずりながら
前へ進んで行かねばなりません。



今日は久しぶりに
自転車に乗ろうと思います。


f0049446_9263831.jpg












[PR]
トラックバックURL : http://yosebayasi.exblog.jp/tb/25286234
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
※このブログはトラックバック承認制を適用しています。 ブログの持ち主が承認するまでトラックバックは表示されません。
by erioneesan | 2016-06-01 16:53 | Trackback